ヴィンテージサウンドの考察42の下書き。

言葉がヴィンテージ


さて現在、ヴィンテージギターのヴィンテージは、どういうイメージで捉えられているのでしょうか?

例えば近い昔の話、ジャパンヴィンテージって言葉が出てきました。

これはビザールって言葉が古くなったので、その代替えワードとして出て来たものですよね。

言い出した本人は、どう思ってたか解りませんが、受け取った側がどう受け取ったのか?については、割と記憶に新しい分解り易いと思います。

世のなかに真面目な人は結構多く、ビザールという意味をジャパンヴィンテージから拾えなかった人も多かったのではないでしょうか?

例えば、クールって言葉が有ります。

これはホットだからクールなのですよね?

グッドだからバッドだったり。

恐怖映画の効果音として良い音は日常における不快感を催す音です。

つまり悪い音です。

しかし、恐怖映画にはめると、良い音なのです。

ビザール的に良いとはギター的に悪いってことですよね?

けどその意味が取れない人がいっぱい出てきた。

この人を騙された人とは思いません。

人の言う事を聞かない人だと思います。

それに被害者だとも思いません。

欧米化で喰えなくなった下駄屋さんや仏壇屋さんが作ったエレキギター。

仏壇屋さんや、下駄屋さんを辞めた年に作ったギターと、それから10年エレキギター製作をつづけて来た後のその人のギターでは前者の方を評価するって態度の人なのです。

人の努力とか進歩をバカにし過ぎで平気な人です。

日本はかつてコピー商品をたくさん作り続けてきました。

そのうち本家からにらまれるようになります。

そして、本家を肩代わりしてギターを作るようになりました。

その時代、日本製のギターがUS製のもののクオリティーを越えない為の工夫と言うか取りきめが出来、それがそのまま今も継続しています。

今取りきめが有ったと書きましたが、無くても結果は同じなので、そんなの無いで構いません。

ロイヤリティーを払ってオリジナルと同じものを作るという選択も有った筈です。

しかしやりません。

それはそこにお金を掛けてもペイ出来ないって事が解っていたからですね。

日本の人自体に、海外製のギター信仰があり、日本製の方が性能悪くてもその方が好都合だったからです。

コレクターが物を買う時、使い用、眺め用、置いておき用の同じ商品を買うと思います。

海外製ギターが置いておき用なら、必然的に国産は、使い用。

劣っていて欲しいという積極的願望が有ったと思います。

今だって、使い用、触り用にはある種の難(傷とか)が有ってくれた方が好ましいって価値観は有るでしょう?

これを日本人が日本製品に求めていた時代から日本のギターの性能って何も変わっていないのです。

その頃から全く国産のギターパーツって進化が無いのです。

良い筈が無い。

けれども同じものを良いとして売る、日本製の方が良いとして売って信じる人が出てきました。

物が変わっていないのに勝手に物が成長して良いものになってゆく筈が有りません。

ヴィンテージ=経年変化・・・みたいな事を言う人でも、金属パーツのヴィンテージ成長論をぶつ人なんて見た事が有りません。

となると、価値観側を変えるしかありません。

かねがね私は楽器があって音楽が有るのだから、楽器に良い悪いは無いと言っています。

そして、現行の価値観の中で悪いとされるギターで作曲、アレンジをして、その曲が良かったら、その曲をかつての価値観でいう良いギターで弾くシチュエーションが有り得る。

その場合、そのギター用に書かれていない曲を弾く事になるのだから、良いギターの方が負けて、それまで悪いギターとされていたギターが良いギターになる・・・

こういう繰り返しで歴史が有ると言い続けています。

国産ギターを良くする為には、これしかないからです。

聞きたいのですが、国産ギターが良いと思ってる人はこういう啓発活動しましたか?

録音なんかの時、エンジニアがかつての良い音につくりかえて音を記録する事にたてついたりしましたか?

あれが良いなら作る側にはもう何もできないのですよ。

出来る事は価値観側を変えること位。

良いと信じて使い続けて、エンジニアがその音を使える音につくりかえても気が着かないから良いと信じ続けてる。

それだけの様な気がします。

又は使わなければ、良いという評価は評価に曝されない訳だから、良いという評価をキープできます。

この行動には合格点が出せると思います。

それだけです。

さて今回、言葉がヴィンテージと題して書いています。

ちょっと長く生きるとそう言う物なんだなあとしみじみ思う事が有ります。

言ってる事はずっと同じ。

受け取る側の価値観が変わって、受け取る側は世代ごとの受け取り方の擦り合わせを一切しない。

これが歴史と言うもの。

エレキギターはかつて不良の楽器と言われていました。

売る側もそれで良いと思っていたと思います。

かつてなら、雑誌の裏の宣伝とか、学校帰りに居るおもちゃ付き教材売りのお兄さんとか、今だったらスパムメールの文章書いてる人とか。

ギターの宣伝ってああいう類のものだった筈です。

しかし今、スパムメールの文言と同じって書かなければ、雑誌の裏とか、教材売りと言っても若い人は知らない。

それ系の人たちが扱う商品だった頃の宣伝の文言が、そのまま今も生きていて、受け取る側の価値観だけが変わってるだけだといって間違いないですよね。

今は暴力団の力も押さえつけられていますし。

流行りの商売とやくざって付きものだった筈ですが今の人は知らない。

彼らが考えた文言が今も現役で、受け取る側の価値観が変わることで伝わり方が変わってるだけ。

ちょっとお客さんに仕事させ過ぎだと思います。

確かに一面的正しさがそこにあるのです。

バッドだからクールなのです。

けども受け取る側がグッドだからグッドだと思ってる。

これは仕事し過ぎです。

それに数値化できる事は全て数値化するという態度は、あるレベルを越えると芸術的では無い。

やってみなけりゃわからない!っていう根源的な衝動の源泉に水を差す行為になるからです。

だから数値化しないという作業は、芸術的無知を守る行いともいえる。

無知を安定化させる為芸術的行為は爆発する訳ですから。

結果が解る事をやるって事は芸術から最も遠い状況です。

けど、ここでも仕事し過ぎなのです。

解らな過ぎて何も出来ないのも問題です。

何事も大袈裟過ぎる気がしますね。

今一番過激なのは、普通って事になってしまいました。

疲れませんか?

お客さんらしく人に仕事させたら良いのに。

皆普通で良いのに。
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