池内銘木商店
おもいっきりフツーなギターの話 and more...駿河や!
ああそうですか。
ギターとヨガ以外の事が何も進まないので、なにか流れを変える為、KSCのM945のシルバーの中古の出物(のが多い)を買ったので明日届く。
多分この商品が今のところ(っていっても10年前の品)造形的には最高到達点なトイガンではないのかな。
マイアミバイスがあのまま続いてたら、間違いなく、ソニーはこれを使ってたと思う。
中国製でも結構良いものが出ているらしく、そっちもちょっと気になる。
ヨガで休んでいる時に、手の人差し指と親指を軽く、くっ着ける事を、”印を結ぶ”というのだけれども、これはどういう意味が有るのかなどと色々考えていたが(Oリングテストって昔有ったが、あれと関係あるんかな?とか)凄く単純な話みたいよ。
寝ないため。
なるほど。
印を結んだまま寝る修業をしてみようと思うが、意外に人跡未踏な険しい道かもしれん。
挑んだ人はいると思う。
多分この商品が今のところ(っていっても10年前の品)造形的には最高到達点なトイガンではないのかな。
マイアミバイスがあのまま続いてたら、間違いなく、ソニーはこれを使ってたと思う。
中国製でも結構良いものが出ているらしく、そっちもちょっと気になる。
ヨガで休んでいる時に、手の人差し指と親指を軽く、くっ着ける事を、”印を結ぶ”というのだけれども、これはどういう意味が有るのかなどと色々考えていたが(Oリングテストって昔有ったが、あれと関係あるんかな?とか)凄く単純な話みたいよ。
寝ないため。
なるほど。
印を結んだまま寝る修業をしてみようと思うが、意外に人跡未踏な険しい道かもしれん。
挑んだ人はいると思う。
振り向けば鷺巣
最新のギタートピックってなんだろうか?
正直解らない。
エアギターが出てきてと言うか、オーバーして以降、大きなものが発見できない。
ギターは、予め弾く曲が決められており、それを再生する能力の高さが弾きやすさ・・・つまり良いギターの指針とされ、だからこそ良いギター像とは、そちら向きに進化することは有れど、その進化の方向性は固定化されたものである。
これはエアギターの一般的認知で終わった考え方だ。
上記の条件付けにおいて、ギターミュージックが進化すると必然的に落ち着く先、それがエアギターだった。
エアギターは、オリジナル音源に合わせて、そのファンが、ギターを弾くアクションをし、悦に入る。
エアギターの”オリジナル音源に合わせて”の部分は、”予め弾く曲が決められている”の条件を担っている。
既にある曲を再現する能力の高さをギターの能力とし、それをさらに、やりやすくする事がそのままギターの進化であると決めつけると、当然その行きどまりも見えてくる。
ギターを弾くという作業に付きまとう物理的フリクッションを取り除き続けるという進化の結末。
それがエアギター。
ギターとプレイヤーに接点があれば、避けて通ることが出来ない問題を、ギターとプレイヤーを分離する事で解決した。
究極的にはそれしかないからね。
今、ギター演奏に求められているのは、この後。
エアギターで耳目を集めた人に、ジェラシーの目を向けるギター弾きに限って上の上に書いたような価値観を共有していた点には留意しておきたい。
自分の価値観が生んだものという自覚が無い点に特に。
つまり妬く権利もないだろうと思うのだが、自分が乗っかる価値観にその自分が乗ることで重みを与え、その結果固定化される未来に導き出されうる結末をきちっと把握しておらず、ここでも問題は他人・・っていう。
話はそれるが、一時前、”お金が無いから何もできない”という言い訳が通る空気が出てきた。
しかし、この言い訳を通すと、お金がある奴は、何でも出来なくてはいけなくなる。
つまり、金銭的に恵まれた出自を持つ子供には逃げ道が頑張る以外には無い。
そこで鍛えられてしまった、お金がある家に生まれた人が、のちに素晴らしいパフォーマンスを示せる技芸を獲得したら、それは妬く側の自業自得というものではないのかと思う。
見た目が良い人がいくら良い仕事をしても、見た目が良いからだって陰口叩けば、その見た目が良い人も、そう言われないように頑張ってしまう。
実質見た目以外の実力があったとしても。
そういう人が陰口に反応して頑張ってしまったら、見た目も良くて実力もある人になってしまう。
全ては生来的才能のおかげだという判断が、内から外から問わず既に勘違いである上、この悪口はエンドレスで荒唐無稽なものであり、元々付き合うに値しない意見だという事実に気がつけない時間が長引けば長引くほど、努力の時間もその分伸び、とんでもなく凄い人になる訳だから。
お金がある家に生まれた人も見た目が良く生まれた人も一人では生きてゆけない。
当然周りの人が必要だ。
その周りにいてほしい人候補を、自分から降りたって自覚を持たれてはいかがか?と言ったところで聞く耳をもう持たないのが普通。
こういう流れが出来てしまうともう止まらない。
システムは勿論硬直。
このような流れには基本悪気はない。
この流れには、その流れを作った側に責任をもつものがいない。
そのおかげでその流れを作った人が自分のやった事の良い部分に関しても、”私のおかげ”と考えず、その部分を見て、新たに妬いて良いポイント発見!ってなっちゃう。
損してる。
あんまり関係ないが、日本のギターミュージックの重鎮というと、真っ先に思いつくのが今剛。
ポピュラーミュージックのギタートラックの今剛率を出してみたら、それは、何らかの法律に抵触するほどかもしれない。
これはもし、今剛のギターが苦手だという人がいれば、その人は日本の曲全てを嫌いになる可能性があると言えちゃうかもって話。
実際こういう人は多いのでは。
”日本人ギタリストはどれでも同じ”というような意見を持っている人は沢山いると思うけれど、そういう意見を持ってる人が、目立つポピュラーソングしか聴いたことが無く、今剛がギター弾いてる曲しか聴いた事が無い可能性がかなりの確率で有り得るのではないか。
つまり、全部同じで個性が無く感じるのは、ある人物を基準にした、その同一人物との差異を見つけようとしている自分に気が付けていないまま、食わず嫌いになっているから。
興味が無く好きでは無く、嫌いであれば、その対象を詮索しない人は多い。
だから目立つポピュラーソング(日本)のギターは今剛ばかりという状況を知ることが出来ない。
業界の構造としてそうなってるって事に気がつけない事を責められない。
その人の責任じゃないし。
日本のギタリストが嫌いな人は、”日本のギタリスト”が嫌いなのではなくて今剛だけが嫌いなだけかも知れなかった。
勿論、今剛にも責任は無い。
こういうことが解っても過去は変えられないが、未来は変えられる。
ちなみに個人的にも、凄く苦手である。
しかし、これが好きになると、日本の音楽の事を、より理解できる可能性が高いので、聴く事にしている。
いけないが、もはや、自分の頭の中で補正を掛けて再編集して音楽を聴けるようになった。
音楽を聴くという作業は、個人的なもの。
自分なりの聴き方しかできない。
私に意識としてある、この変換装置を外した状態で心地よく聴けた時、何かが解る筈。
そう思っている。
逆もある。
昔、好きな日本の曲をリストアップして青くなった事があった。
全部、編曲は鷺巣詩郎。
円谷プロとか東宝、東映などメジャー作品よりも、ビー・プロ作品に何故か惹かれてしまう理由がその時解った。
勿論子供のころには、ビー・プロがマイナーであるとかいう以前に、メジャー、マイナーという概念が解らなかったが。
詩郎さんは編曲家、お父さんは映像作品の人。
詩郎さんは今そっちも継いでいる。
メジャー映像作品が好きな人は鷺巣詩郎編曲作品は嫌いで、それがギターにおける今剛的独占状態にある様には、全く見えて無いのかも。
そういえば、エヴァ劇場版ってインディー配給じゃなかった?
正直解らない。
エアギターが出てきてと言うか、オーバーして以降、大きなものが発見できない。
ギターは、予め弾く曲が決められており、それを再生する能力の高さが弾きやすさ・・・つまり良いギターの指針とされ、だからこそ良いギター像とは、そちら向きに進化することは有れど、その進化の方向性は固定化されたものである。
これはエアギターの一般的認知で終わった考え方だ。
上記の条件付けにおいて、ギターミュージックが進化すると必然的に落ち着く先、それがエアギターだった。
エアギターは、オリジナル音源に合わせて、そのファンが、ギターを弾くアクションをし、悦に入る。
エアギターの”オリジナル音源に合わせて”の部分は、”予め弾く曲が決められている”の条件を担っている。
既にある曲を再現する能力の高さをギターの能力とし、それをさらに、やりやすくする事がそのままギターの進化であると決めつけると、当然その行きどまりも見えてくる。
ギターを弾くという作業に付きまとう物理的フリクッションを取り除き続けるという進化の結末。
それがエアギター。
ギターとプレイヤーに接点があれば、避けて通ることが出来ない問題を、ギターとプレイヤーを分離する事で解決した。
究極的にはそれしかないからね。
今、ギター演奏に求められているのは、この後。
エアギターで耳目を集めた人に、ジェラシーの目を向けるギター弾きに限って上の上に書いたような価値観を共有していた点には留意しておきたい。
自分の価値観が生んだものという自覚が無い点に特に。
つまり妬く権利もないだろうと思うのだが、自分が乗っかる価値観にその自分が乗ることで重みを与え、その結果固定化される未来に導き出されうる結末をきちっと把握しておらず、ここでも問題は他人・・っていう。
話はそれるが、一時前、”お金が無いから何もできない”という言い訳が通る空気が出てきた。
しかし、この言い訳を通すと、お金がある奴は、何でも出来なくてはいけなくなる。
つまり、金銭的に恵まれた出自を持つ子供には逃げ道が頑張る以外には無い。
そこで鍛えられてしまった、お金がある家に生まれた人が、のちに素晴らしいパフォーマンスを示せる技芸を獲得したら、それは妬く側の自業自得というものではないのかと思う。
見た目が良い人がいくら良い仕事をしても、見た目が良いからだって陰口叩けば、その見た目が良い人も、そう言われないように頑張ってしまう。
実質見た目以外の実力があったとしても。
そういう人が陰口に反応して頑張ってしまったら、見た目も良くて実力もある人になってしまう。
全ては生来的才能のおかげだという判断が、内から外から問わず既に勘違いである上、この悪口はエンドレスで荒唐無稽なものであり、元々付き合うに値しない意見だという事実に気がつけない時間が長引けば長引くほど、努力の時間もその分伸び、とんでもなく凄い人になる訳だから。
お金がある家に生まれた人も見た目が良く生まれた人も一人では生きてゆけない。
当然周りの人が必要だ。
その周りにいてほしい人候補を、自分から降りたって自覚を持たれてはいかがか?と言ったところで聞く耳をもう持たないのが普通。
こういう流れが出来てしまうともう止まらない。
システムは勿論硬直。
このような流れには基本悪気はない。
この流れには、その流れを作った側に責任をもつものがいない。
そのおかげでその流れを作った人が自分のやった事の良い部分に関しても、”私のおかげ”と考えず、その部分を見て、新たに妬いて良いポイント発見!ってなっちゃう。
損してる。
あんまり関係ないが、日本のギターミュージックの重鎮というと、真っ先に思いつくのが今剛。
ポピュラーミュージックのギタートラックの今剛率を出してみたら、それは、何らかの法律に抵触するほどかもしれない。
これはもし、今剛のギターが苦手だという人がいれば、その人は日本の曲全てを嫌いになる可能性があると言えちゃうかもって話。
実際こういう人は多いのでは。
”日本人ギタリストはどれでも同じ”というような意見を持っている人は沢山いると思うけれど、そういう意見を持ってる人が、目立つポピュラーソングしか聴いたことが無く、今剛がギター弾いてる曲しか聴いた事が無い可能性がかなりの確率で有り得るのではないか。
つまり、全部同じで個性が無く感じるのは、ある人物を基準にした、その同一人物との差異を見つけようとしている自分に気が付けていないまま、食わず嫌いになっているから。
興味が無く好きでは無く、嫌いであれば、その対象を詮索しない人は多い。
だから目立つポピュラーソング(日本)のギターは今剛ばかりという状況を知ることが出来ない。
業界の構造としてそうなってるって事に気がつけない事を責められない。
その人の責任じゃないし。
日本のギタリストが嫌いな人は、”日本のギタリスト”が嫌いなのではなくて今剛だけが嫌いなだけかも知れなかった。
勿論、今剛にも責任は無い。
こういうことが解っても過去は変えられないが、未来は変えられる。
ちなみに個人的にも、凄く苦手である。
しかし、これが好きになると、日本の音楽の事を、より理解できる可能性が高いので、聴く事にしている。
いけないが、もはや、自分の頭の中で補正を掛けて再編集して音楽を聴けるようになった。
音楽を聴くという作業は、個人的なもの。
自分なりの聴き方しかできない。
私に意識としてある、この変換装置を外した状態で心地よく聴けた時、何かが解る筈。
そう思っている。
逆もある。
昔、好きな日本の曲をリストアップして青くなった事があった。
全部、編曲は鷺巣詩郎。
円谷プロとか東宝、東映などメジャー作品よりも、ビー・プロ作品に何故か惹かれてしまう理由がその時解った。
勿論子供のころには、ビー・プロがマイナーであるとかいう以前に、メジャー、マイナーという概念が解らなかったが。
詩郎さんは編曲家、お父さんは映像作品の人。
詩郎さんは今そっちも継いでいる。
メジャー映像作品が好きな人は鷺巣詩郎編曲作品は嫌いで、それがギターにおける今剛的独占状態にある様には、全く見えて無いのかも。
そういえば、エヴァ劇場版ってインディー配給じゃなかった?
終わってしまった。
昨日は、ネジのナニワに行ってきた。
沢山あり過ぎて困るが、用途を考えず一通り目に映す感じで、ば〜っと見ておいた。
きっと必要な時に思い出す。
久しぶりの電車なので本2冊。
じっくり読めた。
日本橋は電気屋街としては終わったのかもしれないけれど、なんだか持ち直してるように見えた。
凄く変わっていた。
ボークスとかジョーシンのキッズランドとか、人が多かったし。
串カツ食べようと思って新世界に行ったが行列。
仕方がないのでいつもの沖縄料理屋で、いつものホルモンうどん食べた。
ここはいつもと変わらない客の入り。
インド料理屋の勢力には目を見張るものがあるが、新世界にも進出。
東急ハンズ梅田は、行った事が無かったので見ておこうと思ったが、歩き疲れたので見ずじまい。
結局何も買わずに帰ってきたが、とにかく本が読めて電車に乗れてうれしい。
今日、スピーカープロジェクトのカナダの人とそんな話をしたが、ユーは何も失っていないって言われた。
梅田の東急ハンズはつまらんらしい。
そうなのか。
GWは、阪急に乗っただけ。
沢山あり過ぎて困るが、用途を考えず一通り目に映す感じで、ば〜っと見ておいた。
きっと必要な時に思い出す。
久しぶりの電車なので本2冊。
じっくり読めた。
日本橋は電気屋街としては終わったのかもしれないけれど、なんだか持ち直してるように見えた。
凄く変わっていた。
ボークスとかジョーシンのキッズランドとか、人が多かったし。
串カツ食べようと思って新世界に行ったが行列。
仕方がないのでいつもの沖縄料理屋で、いつものホルモンうどん食べた。
ここはいつもと変わらない客の入り。
インド料理屋の勢力には目を見張るものがあるが、新世界にも進出。
東急ハンズ梅田は、行った事が無かったので見ておこうと思ったが、歩き疲れたので見ずじまい。
結局何も買わずに帰ってきたが、とにかく本が読めて電車に乗れてうれしい。
今日、スピーカープロジェクトのカナダの人とそんな話をしたが、ユーは何も失っていないって言われた。
梅田の東急ハンズはつまらんらしい。
そうなのか。
GWは、阪急に乗っただけ。
雨がぱらしと。
テルマエロマエを見て、納得せざるを得なかったが、やっぱりもう俳優さんは、モデル上がりの人で決まりだろうね。
音楽も、モデル上がりの人が一番堅実な仕事をしていて上手。
昔はアイドルの人がモデルも俳優もやってて、その仕事を全部ひっくるめてアイドルって呼んでたわけだけど、それが一時分業をし、今度はモデルの人がそれをひっくるめてやるようになって、その仕事の中にアイドルっていうのもあるって感じになってるのかな。
元通り。
少し新しくなってもいるしね。
良かった。
これからどうなるんだろうね。
単純に楽しみだ。
最近微妙に雨ばかり。
そんな日は粉粉作業。
急に1ミリピッチのM8のネジが必要になったがさすがに近所は休みだよね。
久々ネジのナニワに行きたい。
今日は久しぶりの後輩とお茶。
金閣寺の近くのモスに行ったが、時間が良くすいていた。
国語力が異様に高いのに何故か理系に進んだ歯医者志望の面白い人がいるらしいので今度一緒に飲みに行く事に。
国語のなんかのテストで一番になったらしい。
一番の人を見ると、それだけで価値観が変わって面白いので楽しみ。
どこに行くかは決めてないが、そういえば昨日、京都B級グルメなんとかかんとかと言う番組が放送されたよう。
ジムに行くと皆何故か私に質問してくる。
何故かと書いて、すっとぼけたけれど、何のことは無い、一番下っぱなので、飲み会の場所を探せという命令がこちらに来る可能性が高く、いつも機会があれば、なんか店ないか?と、さ迷い歩いてる。
一番難しいのはやはり魚。
この前の音楽教室の発表会の場所が木屋町だったので、その時も途中で抜け出し偵察。
打ち上げの場所が魚専門なので色めき立ったが、やっぱり難しい。
1000円以下5000円以上なら、うまいところはすぐ見つかるが、その中間が無い。
飲み放題付き3000円台は鬼門。
コースならほとんど良かった事が無い。
コースでなく、魚なら、がんこ寿司くらいかな。
あ、知ってるだろうけれど、うちにはテレビない。
ジムでは郵便屋さんと塾の先生にしかその事言ってない。
最近新しくジムに来た人が、良いテレビ情報を流してくれるのでありがたい。
この人が私にテレビ話を振ってくれるようになった理由は、お風呂の入り口のところで私が塾の先生に最近フジでゴールデンの視聴率3.6%ってのがあったらしいですよ・・・・と。
で、その話をどっち向けに進めたかったかというと、視聴率が低いことで得するだれかっていますかね?。
そっち。
ニールセンがつぶれて、ビデオリサーチが視聴率調査一社独占。
ここの筆頭株主は電通で、偉い人は電通から出向。
視聴率の過少申告で有利に働く取引ってありえるんかな?とふと疑問。
しかしその途中で横入りされて、こっちはテレビ大好きっ子だと思われている。
うち、テレビない。
言えない。
今日、怪人20面相(のリメイクじゃないか?)があるの?
その監督、女性で、なんかのゲームのオープニングも監督した人で、もの凄くスピード感のある映像を撮れる人らしい。
アンフェアの監督もその人だったのか?(話を聞いた記憶あいまい)。
気になる。
そういえば日本の映画のリズムが良くなったのって最近かな?
トリックの堤監督くらいから良くなった。
だいぶ前、芸能人格付けチェックに、堤監督と仲間さんのトリック組が出てて、ある作品の演出を、お笑いの人と、映画監督にさせて、どっちがプロの映画監督の作品かを当てるって問題が出た。
この時2人ともお笑いの人が演出した方がプロの作品って言って、格付けチェック上、間違えたのね。
でもこれ当然と思った記憶がある。
初恋の二人がクラス会で再会って話だった筈。
彼女のほうが不意のキスで、眼鏡を落とすシーンがあった。
どう見ても片方の作品は眼鏡を投げてるように見えた。
これが日本の映画のリズムなので、こっちの方が嫌いだけどすぐにこっちがプロって解った。
力が抜けて眼鏡を落とすって表現が上手というか、編集のスピード感はさすがお笑いさん。
投げるとスピードは速くなるが、勢いをつける為に一度腕を引力に逆らう方向に引くので、遅く感じる。
この”残り”がどうしても日本映画には付きまとう。
最近これが無くなって良い感じがするんだけれども、単純に悪かったから廃れたって判断しても良いものか?ちょっと判断に困る。
ちなみにこの時プロとして作品演出を務めたのは映画NANAの監督。
あれは音楽の映画ではなかったか?
まあええや。
ああそうそう、郵便局の人に、Jスポーツでやってた、スコットホールのへろへろ映像をもらった。
ブルーレイプレイヤーもないから見られないことに気が付く。
チャイニーズで良いのあるかな?
音楽も、モデル上がりの人が一番堅実な仕事をしていて上手。
昔はアイドルの人がモデルも俳優もやってて、その仕事を全部ひっくるめてアイドルって呼んでたわけだけど、それが一時分業をし、今度はモデルの人がそれをひっくるめてやるようになって、その仕事の中にアイドルっていうのもあるって感じになってるのかな。
元通り。
少し新しくなってもいるしね。
良かった。
これからどうなるんだろうね。
単純に楽しみだ。
最近微妙に雨ばかり。
そんな日は粉粉作業。
急に1ミリピッチのM8のネジが必要になったがさすがに近所は休みだよね。
久々ネジのナニワに行きたい。
今日は久しぶりの後輩とお茶。
金閣寺の近くのモスに行ったが、時間が良くすいていた。
国語力が異様に高いのに何故か理系に進んだ歯医者志望の面白い人がいるらしいので今度一緒に飲みに行く事に。
国語のなんかのテストで一番になったらしい。
一番の人を見ると、それだけで価値観が変わって面白いので楽しみ。
どこに行くかは決めてないが、そういえば昨日、京都B級グルメなんとかかんとかと言う番組が放送されたよう。
ジムに行くと皆何故か私に質問してくる。
何故かと書いて、すっとぼけたけれど、何のことは無い、一番下っぱなので、飲み会の場所を探せという命令がこちらに来る可能性が高く、いつも機会があれば、なんか店ないか?と、さ迷い歩いてる。
一番難しいのはやはり魚。
この前の音楽教室の発表会の場所が木屋町だったので、その時も途中で抜け出し偵察。
打ち上げの場所が魚専門なので色めき立ったが、やっぱり難しい。
1000円以下5000円以上なら、うまいところはすぐ見つかるが、その中間が無い。
飲み放題付き3000円台は鬼門。
コースならほとんど良かった事が無い。
コースでなく、魚なら、がんこ寿司くらいかな。
あ、知ってるだろうけれど、うちにはテレビない。
ジムでは郵便屋さんと塾の先生にしかその事言ってない。
最近新しくジムに来た人が、良いテレビ情報を流してくれるのでありがたい。
この人が私にテレビ話を振ってくれるようになった理由は、お風呂の入り口のところで私が塾の先生に最近フジでゴールデンの視聴率3.6%ってのがあったらしいですよ・・・・と。
で、その話をどっち向けに進めたかったかというと、視聴率が低いことで得するだれかっていますかね?。
そっち。
ニールセンがつぶれて、ビデオリサーチが視聴率調査一社独占。
ここの筆頭株主は電通で、偉い人は電通から出向。
視聴率の過少申告で有利に働く取引ってありえるんかな?とふと疑問。
しかしその途中で横入りされて、こっちはテレビ大好きっ子だと思われている。
うち、テレビない。
言えない。
今日、怪人20面相(のリメイクじゃないか?)があるの?
その監督、女性で、なんかのゲームのオープニングも監督した人で、もの凄くスピード感のある映像を撮れる人らしい。
アンフェアの監督もその人だったのか?(話を聞いた記憶あいまい)。
気になる。
そういえば日本の映画のリズムが良くなったのって最近かな?
トリックの堤監督くらいから良くなった。
だいぶ前、芸能人格付けチェックに、堤監督と仲間さんのトリック組が出てて、ある作品の演出を、お笑いの人と、映画監督にさせて、どっちがプロの映画監督の作品かを当てるって問題が出た。
この時2人ともお笑いの人が演出した方がプロの作品って言って、格付けチェック上、間違えたのね。
でもこれ当然と思った記憶がある。
初恋の二人がクラス会で再会って話だった筈。
彼女のほうが不意のキスで、眼鏡を落とすシーンがあった。
どう見ても片方の作品は眼鏡を投げてるように見えた。
これが日本の映画のリズムなので、こっちの方が嫌いだけどすぐにこっちがプロって解った。
力が抜けて眼鏡を落とすって表現が上手というか、編集のスピード感はさすがお笑いさん。
投げるとスピードは速くなるが、勢いをつける為に一度腕を引力に逆らう方向に引くので、遅く感じる。
この”残り”がどうしても日本映画には付きまとう。
最近これが無くなって良い感じがするんだけれども、単純に悪かったから廃れたって判断しても良いものか?ちょっと判断に困る。
ちなみにこの時プロとして作品演出を務めたのは映画NANAの監督。
あれは音楽の映画ではなかったか?
まあええや。
ああそうそう、郵便局の人に、Jスポーツでやってた、スコットホールのへろへろ映像をもらった。
ブルーレイプレイヤーもないから見られないことに気が付く。
チャイニーズで良いのあるかな?


